歌舞伎役者には、個人の名前の他に「屋号」があります。“大向う”から、主役クラスの役者さんに向かってかかる「○○屋!」という掛け声、あれは屋号を呼ばれているのです。
歌舞伎の掛け声につきましては以下の記事でまとめています。こちらも合わせて御覧ください。
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歌舞伎を観劇に行くと、役者が見得を切る場面や登場の場面などで「○○屋!」と掛け声が掛かったりします。あの掛け声は、歌舞伎には必須とも言えるものですが、知らないと、ちょっとびっくりしたり、心配になったり ...
では、いつから「屋号」はあるのでしょうか?また、歌舞伎の家には格付けなどもあるのでしょうか?
ここでは、歌舞伎の家の「屋号」と「格付け」について迫ってみたいと思います。
屋号はいつからあるの?
現代では「屋号」といえば事業の名称、店舗の名前などとして通っていますが、歌舞伎についていえば、その家や一門が受け継ぐ芸風によって異なる、称号のようなものを差します。看板のような意味合いもあると言えます。
日本では、明治以前は公家や武士など、許可を得た人でないと苗字を持つことができませんでした。商人や地主などは、生まれた地名や縁のある物事を例えて、それを名前に付け加えることで、家ごとに独自の名称を名乗るようになっていきました。
歌舞伎役者も、江戸幕府から認められて表通りへ店や家を構える際、その芸風を表す屋号を付けたのが始まりだそうです。もっとも古い屋号は、「成田屋」と言われています。
屋号はどれくらいあるの?
歌舞伎役者の屋号は、どのくらいの数あるのでしょうか?実は意外と多く、100前後の屋号が存在しているそうです。ここでは、現在よく耳にする屋号を、いくつかご紹介したいと思います。
成田屋
2020年に十三代目市川團十郎を襲名することになった十一代目市川海老蔵さんは、成田屋です。歌舞伎以外のメディアにも多く登場されてあり、老若男女問わず人気の役者さんですね。
成田屋は、歌舞伎界でもっとも古い伝統と格式を持つ一門と言われています。その芸風は「荒事(あらごと)」と呼ばれ、豪快な登場人物や演目を主としています。
また、よく言われる「歌舞伎十八番」は、七代目市川團十郎が、家の芸として選定した18演目を指します。人気が高く、襲名演目として上演されることもある『暫(しばらく)』や『助六』は、その衣裳など一部分を、写真や絵画などで目にする機会があるかもしれません。
高麗屋
二代目松本白鸚さん、十代目松本幸四郎さん、八代目市川染五郎さんがご活躍されています。女優の松たか子さんは、松本白鸚さんのお嬢様であり幸四郎さんの妹さんです。
松本白鸚さんは、歌舞伎十八番の内『勧進帳』の弁慶を当たり役としており、すでに1100回以上演じているそうです。また、ドラマやミュージカルにも出演し、『ラ・マンチャの男』では何度も賞を獲得しています。
松本幸四郎さんも、ドラマや劇団新感線の舞台など多方面で活躍されてあり、昨今では新作歌舞伎にも意欲的に取り組まれています。
音羽屋
人間国宝の七代目尾上菊五郎さんと、五代目尾上菊之助さんが宗家としてご活躍中です。菊之助さんの長男・和史くんと、姉・寺島しのぶさんの長男・眞秀くんも、初お目見えから注目が集まっています。
若手人気役者の尾上松也さんや、踊りの藤間流家元である尾上松緑さんは、音羽屋の門弟筋にあたるそうです。
播磨屋
人間国宝の二代目中村吉右衛門さんが中心となっているのが播磨屋です。吉右衛門さんは、テレビ時代劇「鬼平犯科帳」で主役の鬼平を20年以上演じ、お茶の間でも人気を博しました。
吉右衛門さんは、二代目松本白鸚さんの実弟で、画廊で個展を開いたり画集を出版するなど、多方面に才能を発揮されています。
また吉右衛門さんの四女は、尾上菊之助さんの奥様であることから、孫の和史くんは歌舞伎界のサラブレットと言われています。
松嶋屋
人間国宝の十五代目片岡仁左衛門さんを中心に活躍されている家です。仁左衛門さんは背が高く、舞台に映える二枚目の顔立ちで、役者としての実績と五代目坂東玉三郎さんとの「孝玉コンビ」が人気を集め、三男でありながら十五代目仁左衛門を襲名しました。
本名の「片岡孝夫」で活躍されていた期間が長く、今でも本名で呼ぶファンの方が多いそうです。
六代目片岡愛之助さんも松嶋屋です。歌舞伎とは無縁の一般家庭から、仁左衛門さんの兄・片岡秀太郎さんの目に留まり、養子になりました。
成駒屋
中村歌右衛門が中心となる家ですが、六代目が逝去して以来、未だ襲名されていません。六代目は戦後の歌舞伎界における女形(本来は“女方”)の最高峰と呼ばれていたそうです。
2016年に歌右衛門に次ぐ大きな名前、八代目中村芝翫が襲名されました。芝翫さんの奥様・三田寛子さんとの間に授かった三人の息子さん、中村橋之助さん、福之助さん、歌之助さんとの4人同時襲名として大きな話題になりました。
成駒家・山城屋
読み方は同じ「なりこまや」でも、「家」の字を用いるのが、四代目中村鴈次郎さんを中心に活躍している成駒家です。父親の四代目坂田藤十郎さんは、襲名を機に「山城屋」へ屋号を変更されました。
中村屋
テレビの密着番組などでも有名な中村屋ですが、「中村屋」の屋号を名乗ったのは十七代目中村勘三郎からだったそうです。
現在は、生前誰からも愛されたと言われる大役者、十八代目中村勘三郎さんの息子さんたちが目覚ましい活躍を見せています。
長男の六代目中村勘九郎さんは、2019年のNHK大河ドラマ「いだてん」の主演に抜擢され、歌舞伎とはまた違う魅力を開花しています。
次男の中村七之助さんは、2018年10月、歌舞伎座での「勘三郎七回忌追善公演」で、女形の大役中の大役である“揚巻”に抜擢され、着実に地位を確立していっています。
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萬屋
1971年に、初代中村錦之介らが播磨屋から独立する形で名乗り始めたのが、「萬屋」です。実力派の女形、中村時蔵さんや、若手イケメン俳優として人気の中村隼人さん、そして、NHK大河ドラマ「いだてん」で勘九郎さんの兄役を演じる中村獅童さんが萬屋です。
大和屋
2015年に十代目坂東三津五郎さんが逝去されて後、息子さんの坂東巳之助さんが跡を継いでいます。「スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』」で演じたボン・クレー役などが話題になり、一躍人気を得ました。
かの三島由紀夫が絶賛した、当代女形の頂点に立つ、五代目坂東玉三郎さんも大和屋です。
澤瀉屋
現在は、四代目市川猿之助さんが中心となって活躍しています。三代目市川猿之助(現在の二代目市川猿翁さん)はスーパー歌舞伎を創始し、新たな客層を取り込みました。
テレビや映画で人気の俳優・香川照之さんは、歌舞伎舞台では九代目市川中車さんとして活躍されています。二代目市川猿翁さんは、中車さんの実父です。
現代でも、役者や歌舞伎関係者は、屋号をとても重んじています。役者同士が声を掛け合う時も「播磨屋さん」や「成駒屋さん」など、屋号で呼ぶことが多くあります。屋号で呼ぶことは、役者と受け継がれる芸への敬意、または賛辞とも言えるかもしれません。
歌舞伎界の格付けとは
昔の貴族のような格付けは、基本的には歌舞伎界にはないといいます。生まれは歌舞伎の家とまったく関係なくても、幼いころに養子に入り、芸を磨いて、主役を演じる役者に成長した人もいます。
但し、前述のとおり、歴史の古い屋号の方が重く見られるという傾向はあるようです。また、主役級を演じる家と、脇役を演じてきた家、ということはあるようですが、現在では役者の実力の方が重視されています。
しかし、市川團十郎の名を継ぐ成田屋は、別格とされています。一番古い屋号の歴史を持つと言われる市川宗家は、歌舞伎界では中心的な位置づけにあるようです。
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