歌舞伎の「睨み(にらみ)」というのを見たことがあるでしょうか?「にらみ」は、何種類かある「見得」のひとつであり、特別な意味を持っていると言われています。
ここでは、歌舞伎の「にらみ」のやり方と、「見得」について、迫ってみたいと思います。
「にらみ」とは?
歌舞伎の「にらみ」とは、文字通り、「にらむ」ことです。これは、市川團十郎家(成田屋)に代々受け継がれる所作でもあり、現在は、十一代目市川海老蔵さんだけが、舞台上で披露することができます。
その意味は、「天と地を同時に見渡す」、「光を受けるのではなく、反射させる」という表現などであるとされています。また、視点を敢えて定めないことで、客席のそれぞれに視線を向けているように見せる効果があるそうです。
「にらみ」は、お芝居のシーンに登場するだけでなく、襲名披露や、祝賀の時など、特別な公演の『口上』の中でも披露されます。成田屋が、「ひとつ、睨んでご覧にいれましょう」という言葉の後に、客席を見渡して睨む“目力”は、圧巻です。大きく見開かれた瞳からは、ものすごいパワーが感じられます。
「にらみ」のやり方と意味
「にらみ」は、画にも時々描かれていますが、寄り目に見えて実はそうではありません。片目が寄り目で、もう片方は中央を見ています。右目が中央を見ている場合は、左目が寄り目に、左目が中央を見ている場合は、右目が寄り目になっているのです。
両方の目で正面を見ながら、片方の目だけを寄り目にしていく…という、なかなか素人には簡単に真似できない技です。江戸時代には、成田屋の「神性」を象徴して、「團十郎に睨まれると、一年間無病息災で過ごせる」と言われていました。
現在でも、その逸話に沿って、邪気払いや、厄落としの御利益があるとされ、歌舞伎ファンにとっては、特別なものと捉えられています。
「見得」の種類
それでは、「見得」にはどんな意味があるのでしょうか?「見得」にも、場面や役者によって、いろいろな種類があります。
「見得」は、特に初代市川團十郎が得意としました。荒事の典型的な見得には、「元禄見得」や、『勧進帳』の弁慶が行う「石投げの見得」、不動明王を真似た「不動見得」などがあります。また、柱や立木に片足をからませる「柱巻きの見得」も、いろんな演目に登場します。
2人の役者が、上下でポーズを決める「天地の見得」は、『楼門五三桐』が有名です。楼門の欄干に足をかけて睨む石川五右衛門と、階下の真柴久吉が決める「天地の見得」の幕切れは、絢爛豪華な舞台にとても映えます。
「見得」は、昔、テレビなどない時代の、いわばクローズアップ効果を狙った所作と言えます。立ち回りの場面や、決め手となるような場面に「見得」は多く登場します。首をくるりと回して、身体をぐっと後ろに引き、腰を据えるような型です。
附け打ちがバッタバッタと鳴り響き、観客の視線が、見得を切る役者一点に集中されます。ここで役者は、一旦動きを止め、睨むような動作を行います。動きが一瞬止まることで、その場面がまるで一枚の絵のように印象付けられます。様式美を追及した、歌舞伎ならではの表現方法です。
練り上げられた江戸の技法
「見得」の演出は、観客へアピールする効果として、必要な場面で行われます。ただし、女形や世話物に出てくる優しい二枚目の演出としては、ほとんど使われません。
幕切れの際に、舞台上で全ての役者が動きを止め、完成された絵のような場面のまま終演を迎えるものを「絵面の見得」と呼びます。鳴り響く附けの音とともに、客席からは大きな拍手が沸き起こり、幕引きとなります。
幕が完全に閉じられるまで、その型は保たれます。客席では、高揚感を残したまま、しばしうっとりとお芝居の余韻に浸る人もいます。「見得」は、江戸時代の舞台から作り上げられた技法ですが、現在でもたっぷりと臨場感を感じられる演出ですね。